大分県の訪れたい歴史スポット

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杵築城

1586年の豊薩戦争では木付鎮直が籠城し豊臣勢の加勢により名門「島津家」の侵略を退ける。主君の大友義統が文禄の役での失態の責めを負って秀吉により幽閉されると、木付氏も自刃した。その後、いくどか城主を変え、丹後宮津城主であった細川忠興が飛び地として所領を与えられる。
九州の関ヶ原と言われる「石垣原の戦い」の舞台となった(1600年)。

中津城

今治城、高松城とともに日本三大水城のひとつに数えられる。
1588年秀吉に豊後を与えられた官兵衛が築城を開始。
黒田家が関ケ原の戦いの功により筑前が与えられると、細川忠興が入封し改修し城郭が拡張された。

臼杵城

臼杵湾に浮かぶ丹生島に築いた海城で出家した大友宗麟が身を隠した城。四方を海に囲われ数多くの櫓が立ち並んだ。現在では二の丸に畳櫓が、本丸に切妻造りの卯寅口門脇櫓が、現存する。

大分府内城

100名城の一つ。
安土桃山時代後期、府内に12万石で入封した福原直高が築城を開始し、関ヶ原の戦いの後に入封した竹中重利が完成させた。縄張りの北方は海、東方は大分川に面する。明治維新後も破却を免れるが、戦争により櫓を数棟焼失し宗門櫓と人質櫓のみが現存する。

岡城

大分府内城と同じく100名城の一つ。
もともとは標高95mの天神山に築かれた古い山城であったが、1594年に中川秀成が入ってから石垣を多用した近世城郭となった。櫓や御殿がつくられたが、明治時代になり建物はすべて解体された。
作曲家滝廉太郎の代表曲「荒城の月」は荒廃した岡城をイメージして作曲したとされる。

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