城はそれまで戦いのためだけの拠点だったので山城が主流であったが、近世になるなると城は藩政を行う役割も担い、交通が不便な山城は使われなくなり平山城や平城が主流となった。そんな中、近世にあって機能していた山城の中でも三大山城に選ばれた城です。
岩村城(岐阜県)
日本100名城のひとつ。織田方の城であった岩村城を武田信玄が武田二十四将のひとり・秋山虎繁に命じて攻略させたが、長篠の戦い(1575年)の後、再び奪還する。標高717mの地に築かれた城は近世城郭の中で最も高い。
高取城(奈良県)
標高583mの地点に建てられた山城で日本100名城のひとつ。1584年から筒井順慶がもともとあった山城を本格的な城郭へと改修を行った。筒井氏が転封になると豊臣秀長の重臣利久が入り、城郭には大小天守、20以上の櫓が建ち並び、また山城に珍しく水堀が設けられるなど壮大な山城が完成した。関ケ原の戦いで西軍の攻撃対象となるがこれを撤退させた。明治を迎え版籍奉還が出されると廃城となった。
備中松山城(岡山城)
現存12天守の一つ。現存天守の中で最も高い位置(430m)にあり唯一の山城。 竹田城跡同様、雲海による天空の城が見られる。山城で交通が不便なため御殿は山麓に構えられ藩政を行った。1642年に入封した水谷氏が大改修を行い現在の姿となった。赤穂浪士のリーダー大石内蔵助が在番していた時期もあった。山の上にひっそり建てられた小さな天守は戦時中も存在を潜め当時の姿をそのまま残している。
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