キリシタン大名

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黒田官兵衛
洗礼ネームハ「シメオン」。

秀吉の天下取りを支えた最強の軍師。その実力を恐れた秀吉は天下統一ののち官兵衛に12万石の所領しか与えなかった。キリシタン大名でも知られた。

蒲生氏郷
洗礼ネームは「レオン」。

信長に資質を見出され寵愛を受けた。教養、武道ともに優れ、利休七哲のひとりに数えられた。100名城の一つ「松阪城」は伊勢を与えられた蒲生氏郷が松ヶ島城に変わる城として築城した。欧州仕置きののちは、伊達政宗を抑えるため会津若松城を与えられた。

高山右近
父の影響で12歳で洗礼を受ける。洗礼ネームは「ジュスト」。
蒲生氏郷と同じく文武両道に優れ利休七哲の1人に数えられた。また人徳の人として知られ、彼に影響を受けてキリシタンになった者も多くいた。

秀吉からバテレン追放令が出されると、領地財産をすべて失うことと引き換えに信仰を守ることを選び、のちにマニラに流されたが、その活動を評価された右近は歓迎をうけた。

小西行長
洗礼ネームは「アゴスティーニュ」。
水軍の戦術に長け、九州征伐では水軍を指揮し、その活躍により肥後半国を与えられた。また朝鮮の役でも先鋒として戦った。同じく肥後半国を与えれていた加藤清正とは犬猿の仲であった。

関ケ原の戦いは負け切腹を言い渡されたが、キリシタンのため自害ができず切腹を拒否し斬首された。

大友宗麟
洗礼ネームは「ドン・フランシスコ」。
豊後の名門大友家の21代当主。貿易による経済力や積極的に海外の技術を取り入れることにより、一時は九州六国を支配する勢いを見せたが、耳川の戦いで島津軍に大敗を喫した後、衰退の一途をたどるが豊臣秀吉の傘下に下ることで、お家断絶は免れた。
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